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衆議院議員 加藤勝信君の通信簿

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プロフィー

(以下、ウキペディア引用)

加藤 勝信(かとう かつのぶ、1955年11月22日[1] - )は、日本の政治家、大蔵官僚。旧姓:室崎(むろさき)。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。


内閣府大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、自由民主党総裁特別補佐、川崎医療福祉大学客員教授、内閣官房副長官(第2次安倍内閣)、内閣人事局長、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、休眠預金活用担当、厚生労働大臣(第19代・第20代・第22代)、内閣府特命担当大臣(拉致問題)及び働き方改革担当大臣、自由民主党総務会長(第56代)、自由民主党岡山県連会長、内閣官房長官(第84代)、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣などを歴任。


経歴

生い立ち

東京都出身[2]である。父、室崎勝聰は日野自動車工業社員(のち取締役副社長)。東京学芸大学附属小金井中学校(同級生に田中一穂(大蔵省同期入省。日本政策金融公庫総裁、財務事務次官、主計局長、主税局長)、神津里季生(日本労働組合総連合会会長)がいる[3])、東京都立大泉高等学校を経て、1979年3月に東京大学経済学部を卒業。同年4月に大蔵省入省。郵政省宇宙通信企画課出向[4]、倉吉税務署署長、渡辺秀央内閣官房副長官秘書官、主計局主査(労働予算担当)、主計局主査(防衛予算担当)など、本省勤務のほか、農林水産大臣だった加藤六月の秘書官も務める[1]。加藤の長女と婚約するが破談となった後、次女と結婚して[5]婿入りし、加藤に改姓した[6]。1995年、大蔵省大臣官房企画官を最後に退官。退官後は六月の秘書を務める[1]。


衆議院議員

1998年、第18回参議院議員通常選挙に岡山県選挙区(定数2[7])から無所属で出馬したが、得票数4位で落選(岡山県選挙区からは江田五月、妻の従兄弟にあたる加藤紀文が選出)。2000年の第42回衆議院議員総選挙に自由民主党から比例中国ブロック単独7位で出馬したが、再び落選。なおこの時、当初は義父・加藤六月の地盤であった岡山5区から民主党の公認を受けての出馬を模索していたが、直前で岡山県選出の橋本龍太郎元首相の誘いを受け[要出典]、自民党に鞍替えした(岡山4区で橋本のライバルだった義父・加藤六月は出馬せず、引退)。その後、川崎医療福祉大学客員教授に就任[1]。


2003年の第43回衆議院議員総選挙では、比例中国ブロック単独3位で自民党から出馬し、初当選。当選後は橋本龍太郎が会長を務める平成研究会に入会する[要出典]。


2005年の第44回衆議院議員総選挙では再度岡山5区からの出馬を党本部に強く希望した[要出典]ものの、党本部は村田吉隆を公認。加藤に対しては郵政民営化法案に反対した平沼赳夫の選出選挙区である岡山3区からの出馬を要請した[8]が、加藤はこれを拒否し、無所属での出馬を表明した[8]。しかし、共倒れを危惧した党本部が仲裁に入り、コスタリカ方式による出馬で決着させて保守分裂選挙を回避し[8]、村田、加藤のいずれも当選した。2007年、第1次安倍改造内閣で内閣府大臣政務官(経済財政、防災、食品安全、地方分権改革、地方・都市格差是正、道州制の担当[9])に任命され、福田康夫内閣でも再任(一部、役職の地方・都市格差是正担当は地方再生担当[10]へと変更)。


2009年の第45回衆議院議員総選挙では、前職の村田吉隆が比例中国ブロックに回り、加藤は岡山5区から出馬。投開票の結果、加藤は民主党新人の花咲宏基を下し3選(花咲も比例復活)。


自民党政権奪還後


2013年4月15日、総理大臣官邸にて。左から外務大臣岸田文雄、加藤、内閣官房副長官世耕弘成。

2012年(平成24年)9月の自由民主党総裁選挙では安倍晋三の推薦人に名を連ねた[11]。その後、総裁に選出された安倍の下で政調会長への起用が有力視されていたが、最終的に総裁特別補佐及び自民党報道局長に就任した。


2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で4選。選挙後に発足した第2次安倍内閣では、額賀派所属ながら内閣官房副長官に起用され、2014年(平成26年)5月には内閣人事局発足に伴い初代内閣人事局長に任命された。


2014年12月、第47回衆議院議員総選挙で5選。2015年(平成27年)10月7日に発足した第3次安倍第1次改造内閣で内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当、国土強靱化担当として初入閣[12][13]。2016年(平成28年)8月3日に発足した第3次安倍第2次改造内閣で、新たに設けられた働き方改革の担当大臣を兼任。12月9日、新設された休眠預金活用の担当大臣を兼任[14]。2017年(平成29年)8月3日、第3次安倍第3次改造内閣において、横滑りで厚生労働大臣に就任。引き続き、働き方改革および拉致問題担当大臣にも任命された。


2017年10月、第48回衆議院議員総選挙で6選。第4次安倍内閣では再任し、2018年(平成30年)10月の内閣改造のタイミングで一旦は自由民主党総務会長に就任する[15]も、2019年(令和元年)9月の第4次安倍第2次改造内閣で厚生労働大臣及び働き方改革担当大臣に再登板した[16]。


2020年(令和2年)9月、安倍の内閣総理大臣及び自由民主党総裁辞任に伴い行われた2020年自由民主党総裁選挙で菅義偉が総裁に選出され、同月16日に菅義偉内閣が発足すると、菅の後継として内閣官房長官に起用された[17]。


第1次岸田内閣成立とともに官房長官を退き、2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で7選。同年11月、自由民主党税制調査会小委員長、社会保障制度調査会長に就任[18]。


年譜

1955年11月22日 - 東京都生まれ

1979年 - 東京大学経済学部卒業。大蔵省入省。

1982年 - 郵政省宇宙通信企画課出向。

1984年 - 倉吉税務署署長。

1985年 - 大蔵省関税局監視課長補佐[19]。

1986年 - 大蔵省理財局国債課長補佐[20]。

1986年 - 内閣官房副長官秘書官

1988年 - 大蔵省理財局国有財産総括課長補佐兼理財局総務課[21]。

1990年 - 大蔵省主計局主査(労働予算担当)。

1991年 - 大蔵省主計局主査(防衛予算担当)。

1994年 - 農林水産大臣秘書官。

1995年 - 大蔵省大臣官房企画官を最後に退官。加藤六月秘書。

1998年 - 第18回参議院議員通常選挙落選(岡山県選挙区)。

2000年 - 第42回衆議院議員総選挙落選(比例中国ブロック)。川崎医療福祉大学客員教授。

2003年 - 第43回衆議院議員総選挙当選(比例中国ブロック)。

2005年 - 第44回衆議院議員総選挙当選(比例中国ブロック)。衆議院環境委員会理事。

2007年 - 内閣府大臣政務官(経済財政、防災、食品安全、地方分権改革、地方・都市格差是正、道州制担当):(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)。

2008年 - 自由民主党経済産業部会部会長代理。衆議院内閣委員会理事。

2009年

自由民主党厚生労働部会医療委員会事務局長。

自由民主党文部科学部会特別支援教育小委員会委員長。第45回衆議院議員総選挙当選(岡山5区)。自由民主党厚生労働部会部会長・IT戦略特別委員会事務局長・行政改革推進本部幹事。衆議院厚生労働委員会理事。

2010年 - 自由民主党副幹事長。

2012年 - 自由民主党総裁特別補佐・報道局長・厚生労働部会副部会長・社会保障制度に関する特命委員会事務局長。第46回衆議院議員総選挙当選(岡山5区)。内閣官房副長官(第2次安倍内閣)。

2014年 - 内閣人事局長(初代)[22]。第47回衆議院議員総選挙当選(岡山5区)。

2015年 - 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当、国土強靱化担当。

2016年 - 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、働き方改革担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当。

2017年 - 厚生労働大臣及び働き方改革担当、内閣府特命担当大臣(拉致問題)。第48回衆議院議員総選挙当選(岡山5区)。

2018年 - 自由民主党総務会長。

2019年 - 厚生労働大臣及び働き方改革担当大臣。

2020年 - 内閣官房長官就任。沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣兼務。

2021年 - 自由民主党税制調査会小委員長。自由民主党社会保障制度調査会長兼務。

政策

憲法改正に賛成。

原発は日本に必要。

女性活躍推進に積極的。

選択的夫婦別姓制度の導入に反対[23]。

受動喫煙防止を目的に飲食店を全面禁煙とする健康増進法改正案について「事業継続に影響を与える」として反対[24][25]。

発言

改正健康増進法について

2018年6月13日の厚生労働委員会において、西村智奈美が職場内での会食の際に喫煙店が選択される、いわゆる「イヤイヤ受動喫煙」の例について質問をしたところ、加藤は「これはハラスメント全体の話です」と答えた。続けて西村が「嫌々ついていって無理やり吸わされるたばこの煙については、受動喫煙防止対策はとらなくてもいいということか」と質問したところ、加藤は「嫌々ついていくというところが問題なんです」と答えた[26]。


著作

室崎勝信「『旅具通関』とは?」『ファイナンス』21巻10号、大蔵省、1986年1月、84-85頁。ISSN 0448-6072

親族

家族構成は妻と娘4人[27]。室崎商店の社長であった祖父・室崎勝造は漁業、水産物缶詰加工業、窯業、冷凍倉庫業を手掛けた他、島根県議会では議長も務め、実業界や政界で活躍した[28]。父・室崎勝聰も日野自動車工業の副社長を務めた。


国土庁長官、北海道開発庁長官、農林水産大臣を務めた元衆議院議員の加藤六月は岳父[29]。妻の親である加藤六月の「娘に官僚の婿を迎えたい」とする意向により現在の妻の姉加藤康子((一財)産業遺産国民会議専務理事)と婚約していたが、康子は一方的に婚約を破棄した上でハーバード大学へ留学に出てしまい、妹と婚約・結婚することとなった。 この加藤家との縁により、自治大臣、国家公安委員会委員長、北海道開発庁長官、岡山県知事、参議院議員を務めた加藤武徳は、妻の伯父に当たり、武徳の息子で元参議院議員の加藤紀文は義理の従兄弟。


祖父:室崎勝造(実業家・政治家) - 室崎商店社長、島根県議会議長

父:室崎勝聰(実業家) - 日野自動車工業副社長

岳父:加藤六月(政治家) - 国土庁長官、北海道開発庁長官、農林水産大臣

義伯父:加藤武徳(政治家) - 自治大臣、国家公安委員会委員長、北海道開発庁長官

義姉:加藤康子(評論家) - 内閣官房参与[30]

所属団体・議員連盟

自民党たばこ議員連盟[31]

創生「日本」(事務局長)

神道政治連盟国会議員懇談会

日本会議国会議員懇談会

平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会

速やかな政策実現を求める有志議員の会

日韓議員連盟

自民党動物愛護管理推進議員連盟

再チャレンジ支援議員連盟

TPP交渉における国益を守り抜く会

ボーイスカウト振興国会議員連盟 [32]

対北朝鮮外交カードを考える会

心理職の国家資格化を推進する議員連盟

文化芸術懇話会[33]


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