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プロフィール
(以下、ウィキペディア引用)
伊藤 信太郎(いとう しんたろう、1953年5月6日 - )は、日本の政治家。 自由民主党所属の衆議院議員(7期)、大阪大学大学院客員教授(国際公共政策研究科)[2]、東北福祉大学特任教授。
元衆議院議長を務めた伊藤宗一郎の長男で、外務大臣政務官・外務副大臣を歴任した。
経歴
宮城県加美町に、後の衆議院議員・伊藤宗一郎の長男として生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、1976年(昭和51年)に慶應義塾大学経済学部経済学科を卒業した[3]。
1978年(昭和53年)には慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了した[3]。
留学時代
1979年、日本人として初めて入学が許可された[4]アメリカン・フィルム・インスティチュート(American Film Institute[5], AFI )の映画監督プログラムを修了した。在学中は、4本の映画の脚本を英語で書き、監督した[4]。
翌1980年にはハーバード大学大学院(Graduate School of Arts and Sciences[5], GSAS )にて、人文修士(Master of Arts)を修了した[3]。
同年、フランスに移住[4]。ソルボンヌ大学で学ぶ[4]。
帰国後
1981年(昭和56年)、日本に帰国し、同年11月、防衛庁長官(当時)に就任した実父・伊藤宗一郎の秘書官となった[3]。
1985年(昭和60年)には、ニュース番組『CNNデイウォッチ』(テレビ朝日)のキャスターを務め、1995年(平成7年)には玉川大学大学院非常勤講師に就任した。
1996年(平成8年)、伊藤宗一郎の衆議院議長就任に伴い、同政策担当秘書となった。
また、玉川大学大学院非常勤講師として、1995年(平成7年)にはマスメディア論・国際関係論、1996年(平成8年)には地域論(フランス)を担当した[3]。
1999年(平成11年)、東北福祉大学助教授(感性福祉研究所)に就任、2001年(平成13年)には同教授に昇格した。
国会議員へ
2001年(平成13年)9月4日、衆議院議員在任中だった父・伊藤宗一郎の死去に伴い、宮城4区では補欠選挙が行われることとなった。自由民主党は世襲候補として伊藤を機械的に擁立することはせず、公募による候補者予備選挙を実施した。この予備選において伊藤は前参議院議員の亀谷博昭に大差をつけて選出される。自民党の公認候補として同補欠選挙で元宮城県知事の本間俊太郎らを破り初当選した。
2003年(平成15年)、衆議院議員に再選。
2005年(平成17年)の郵政国会では、郵政民営化に慎重な立場をとっていたが、最終的には賛成した。第44回衆議院議員総選挙では自民党公認を得て3選され、第3次小泉改造内閣では外務大臣政務官、2008年(平成20年)発足の福田康夫改造内閣では外務副大臣に就任した。
2009年(平成21年)、第45回衆議院議員総選挙に自民党から立候補。公明党の推薦も受けたが[6]民主党の石山敬貴に敗れ、重複立候補していた比例東北ブロックでも復活出来ずに落選した。
落選後に人材派遣会社・パソナグループの特別顧問に就任[7]、就職先が決まらない大学生らにビジネスマナーから専門知識を教授する『人材創造大学校』の「事務総長」を務める[8][9]。
2012年(平成24年)、第46回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、前回敗れた石山を大差で破って4選。国政に復帰した。
2013年 (平成25年)、衆議院環境委員長に就任。
2014年(平成26年)、第47回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、5選[10]。
2017年(平成29年)、第48回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、6選[11]。
2021年(令和3年)、第49回衆議院議員総選挙に自民党から立候補し、7選。
政策・主張
2013年11月26日、特定秘密保護法案の採決で賛成票を投じている[12]。
憲法9条の改正と集団的自衛権の行使容認に賛成[13]。
特定秘密保護法は日本に必要だ[13]。
アベノミクスを評価する[13]。
原発は日本に必要だ[13]。
首相の靖国神社参拝は問題ない[13]。
ヘイトスピーチの法規制に反対[13]。
選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[14]。
人物
日本語に加え、英語、フランス語、イタリア語、中国語が出来る[3]。
ファミリーコンピュータ用の政治シミュレーション・ゲームソフト・『アメリカ大統領選挙』(ヘクト、1988年10月28日)の開発では、監修を務めた。
騒動
自宅の隣の韓国焼肉店に対し、「ダクトと排気ファンを使うのなら、1日当たり150万円支払え」と悪臭、騒音トラブルになっていることが週刊新潮2020年6月11日号で報じられた[15]。その後新潮社に対し、虚偽の事実を適示し名誉を毀損したとして記事の撤回と謝罪を求めた[16] [17] [18]。
家族
父親は、衆議院議長、科学技術庁長官などを歴任した伊藤宗一郎(2001年に死去)。現在の家族は、母親、妻、長男、次男である[3]。
所属団体・議員連盟
自民党たばこ議員連盟[19]
神道政治連盟国会議員懇談会[20]
TPP交渉における国益を守り抜く会
日米欧総合安全保障議員協議会
東北地方に医学部の新設を推進する議員連盟
自由民主党観光産業振興議員連盟
日本・EU友好議員連盟
自民党タクシー・ハイヤー議員連盟
世界銀行国会議員連盟
自民党行政書士制度推進議員連盟
リニアコライダー(先端線型加速器)国際研*究所建設推進議員連盟
自民党建設設計議員連盟
たたみ振興議員連盟
少林寺拳法振興議員連盟
自民党看護問題対策議員連盟
自民党LPG対策議員連盟
文化芸術振興議員連盟(事務局長)
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