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北朝鮮労働党総書記 金正恩君の政策/不祥事

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プロフィール

(以下、ウィキ引用)

○金正恩(キム・ジョンウン、1984年?1月8日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家・軍人。同国第3代最高指導者(2011年 - )。

○第2代最高指導者で朝鮮労働党総書記であった金正日の三男。2011年の父の死により事実上最高指導者の地位を継承した。現在、朝鮮労働党総書記、国務委員会委員長、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長、朝鮮労働党政治局常務委員、国家武力最高司令官を務める。党内序列は第1位

○金正日総書記の三男として生まれた。母は日本人の母と朝鮮人の父を持つ大阪出身の元在日朝鮮人であり、金正日から日本風に「あゆみ」と呼ばれていた高容姫。金正日の長男の金正男は異母兄、次男の金正哲は同母兄となる。祖父は北朝鮮の初代最高指導者である金日成主席。

○済州島に出自を持つ大阪出身の在日朝鮮人の母親を持ち幼少期から日本人の専属料理人藤本健二が作った寿司を好んで食べ当人自身も東京タワーに興味を持つなど日本文化に囲まれた状況で育った

○スイスに留学しベルンの国際学校で「パク・ウン」という偽名を使用しながら教育を受けた。留学の経験から母国語の朝鮮語のほかに英語、中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語など数ヶ国語を話せるとする報道もある。日本語についても漢字の書き取りなどをしていたとされ、来日経験もある。日本については国力差を認識する発言を残している。

○帰国後、北朝鮮内における最高の教育機関である金日成総合大学に在学。軍の教育機関である金日成軍事総合大学で訓練を受けていた。

○2010年2月17日、韓国の自由北朝鮮放送が、北朝鮮当局が全国の「ジョンウン」を名乗る人物に対し改名を命令したと報道した。

○金正日の死によって空席となった朝鮮労働党の最高職である総書記と国家の最高職である国防委員長を継承すると見られていたが、金正恩は両職とも「金正日が永久に就くべき地位」であるとして就任せず、事実上廃止した。

○2012年、金正恩は正式に党・国家・軍の三権を握る最高指導者となったのである。同年7月17日、党中央委員会などの決定により、朝鮮民主主義人民共和国元帥の称号を授与された。

○「金正恩が朝鮮人民軍最高司令官に就任後、粛清された者は2桁に上る」とされる。また、その中には金正恩が「髪の毛1本も残すな」と指示した結果、公開処刑の手段として、迫撃砲が使用された事例もあったという[63]。

○また、2010年11月の延坪島砲撃事件を金正恩が指揮していたことが、朝鮮労働党の機関紙である『労働新聞』によって明らかとなった。

○権力継承後の2012年1月28日、金正恩は朝鮮労働党幹部を前に、計画経済の行きづまりによる深刻な経済危機から脱却するため、資本主義的手法を導入した経済論議を容認する姿勢を示した。同年からの全面導入された社会主義企業責任管理制及び圃田担当責任制といった市場経済化政策により、経済成長や生活水準の向上が見られる一方、国民の間での貧富の格差の拡大も生じるようになった。


○2012年(主体100年)4月15日、平壌で「金日成の生誕100周年」を記念する軍事パレードが行われ、先軍政治(軍事優先の政治)の継承と「核抑止力」の保持を強調した。演説の中で「人民生活の向上」を政治の目標とする姿勢を示したが、一方で「民族の尊厳と国の自主権がさらに貴重だ」として核ミサイルの開発を機軸とする「先軍」路線を国民生活より優先する方針を明確にした。

○2012年から2013年にかけて、人民武力部長、同部第一副部長、朝鮮人民軍総参謀長、人民保安部長、国家安全保衛部第一副部長等の軍上層部の解任を繰り返した。2013年8月には、妻の李雪主が過去に所属していた「銀河水管弦楽団」等の音楽家9名をポルノ映像制作容疑で公開処刑した。そして、同年12月には事実上のナンバー2であった張成沢とその側近たちを処刑した。張成沢処刑時点で、金正日の国葬時に霊柩車を囲んだ金正恩を除く7名の権力中枢人物のうち、張成沢、李英浩、金永春、金正覚、禹東測の5名を粛清するか更迭したことになる。


○2014年7月以降は足を引きずって歩く映像が流れた際には足負傷説や肥満、内臓疾患による歩行困難説が海外メディアに報じられている。また同年9月3日から長期間に渡って公の場に姿を見せていないために動静が分からなくなっていた。


○2015年4月までに、金正恩体制下で処刑された幹部の数は70人余りとなった。軍の最高幹部の一人を処刑するほどの恐怖政治が敷かれていることは、恐怖政治以外の方法では体制固めができないことを意味しており、クーデターや暗殺などの可能性が指摘されている。


○最高人民会議において内閣副総理の金勇進の座る姿勢が悪かったため反革命分子と見なされ翌7月に処刑されたという。


○2017年2月13日、異母兄の金正男がマレーシアで暗殺(金正男暗殺事件)されたが、これは金正恩が5年前から出していた指示が実行された事件であり、金正恩の「偏執的な性格」によるものであるという。


○2017年5月、米国の中央情報局 (CIA) と韓国の国家情報院が金正恩の暗殺を試みたと主張し、暗殺に関与した国家情報院院長の李炳浩やCIA関係者の引き渡しと正式な謝罪を要求した。また、これとは別に金正恩暗殺を推進したとして韓国の朴槿恵前大統領の引き渡しも要求した。


○2017年9月21日、アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領の国連総会での演説に対し、トランプを名指しで「世界の面前で私と国家の存在自体を否定して侮辱し、我が共和国を滅ぼすという歴代で最も凶暴な宣戦布告をしてきた」「国家と人民の尊厳と名誉、そして私自身の全てを懸け、我が共和国の絶滅を喚いた米国執権者の暴言に代価を支払わせる」 と猛反発した。


○2018年1月1日の「新年の辞」において「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれていること、これは決して威嚇ではなく、現実だということをはっきり理解すべきだ」と述べた。



○2018年3月5日、訪朝した韓国の文在寅大統領の特使である鄭義溶国家安全保障室長と会談して「軍事的脅威が取り除かれ、体制の安全が保証されれば核を保有する理由はない」 と述べて4月に南北首脳会談を板門店で行うことで合意した。

「金日成主席と金正日総書記の遺訓である朝鮮半島の非核化に尽力する」と述べて中国と連携強化する意向を表明し、米朝首脳会談にも直接言及してトランプ米大統領への伝言も託した。また、六者会合への復帰や経済協力と安全保障面での中国への支援要請も述べたとも日本のメディアは報じている。


○2018年4月27日、北朝鮮の最高指導者として史上初めて板門店の軍事境界線を超えて韓国を訪問した。軍事境界線越しに韓国の文在寅大統領と握手して正恩が軍事境界線を越えた後、正恩に促される形で文在寅も軍事境界線を越えて北朝鮮側へ入るやり取りがあった。板門店の韓国側施設「平和の家」において文在寅大統領と11年ぶりの南北首脳会談に及び、両国首脳の合意文書「板門店宣言」を出した。


○2019年4月25日、ロシアのウラジオストクを訪問して初の露朝首脳会談を行い、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と段階的な非核化や経済制裁の緩和など朝鮮半島情勢の安定に向けた連携強化で一致するも共同声明や合意文書はなく、公式行事への参加を中止して1日前倒しで帰国した。


○2019年6月20日、中国の指導者としては14年ぶりに訪朝した習近平総書記との中朝首脳会談では米朝対話を促され、中朝の様々な協力強化でも一致した。また、外国首脳で初めて錦繍山太陽宮殿で迎え、新しく完成した「錦繍山迎賓館」や異例の労働党本部に招き、友誼塔の共同参拝 や習近平総書記の顔を描いたマスゲームなどを行って就寝時間以外の殆どを習近平総書記に同行した。


○2019年6月30日、史上初めて南・北・米首脳で3者会談を板門店で行い、三回目の米朝首脳会談で米朝実務者協議の再開で一致した。


(生年)

北朝鮮当局より年齢が公表されていないため正確な生年は不明だが、1982、1983、1984年説がある。